【Thuppaki】を観て、【ロボット】と共に感じたこと

12/23、観てきましたよ、インド・タミル映画【Thuppaki】(とぅっぱーき)!

Thuppakiは、手持ちの辞書(キリヤ)で調べると「gun, rifle」という意味です。

観たのが2回目だったので、1回目よりは格段に理解できて、【Enthiran the Robot】(ロボット)とシチュエーションに関連性が結構高いことを実感。

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【ロボット】で、ラジニ扮するチッティがインド軍の面接で、手榴弾だかに花を挿して発した台詞に「銃よりも花を、愛を」というようなところがあります。
その原語の音声に「トゥッパーキ」と出てきたのを、【ロボット】の日本上映時に映画館で聞き取れて、とってもうれしかったのでした。(もちろん、タミル語オリジナル版でネ。)

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【Thuppaki】のヴィジャイは、インド軍の兵士役。
自爆テロなどを繰り返す大きなテロ組織と、頭脳戦プラス実弾戦で闘うお話。

クライマックスに向かい、ヴィジャイが一度は自ら敵陣で自爆することでテロリストを絶滅させようとするくだりがあった。
そのアイディアを説明していたときの場所が、戦地やテロリストとの闘いで負傷して足などを失った兵士たちが生活する施設。

彼らだって身を捧げたのだから、自分だって、とヴィジャイは身を奮い立たせていた。
そして、婚約を延期するようにカノジョに願い出るのだ。
彼女を(結婚前に)未亡人にしないために。

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【ロボット】で、アイシュワリヤー・ラーイ扮するサナが作っていたのは、インド軍の兵士が戦死して遺された未亡人たちが暮らす家。
サナの父親も戦死している。

そして、サナが恋人であるヴァシー博士(ラジニ)は、生身の兵士が戦場に行って負傷したり亡くなったりするのを一人でも減らしたいから、一人でもサナのような孤児を減らしたいから、一人でも未亡人を減らしたいから、100人分の人間の力を持つチッティというロボットを開発したのだ。

インドが日本に伝わってくるような大きい戦争を近年やっているわけではないけれど、テロ事件は日常茶飯事のように起きている。
そして、そのために犠牲になる軍人がたくさんいる。(もちろん一般人もたくさん。。。)

身を捧げて自爆するのを躊躇しないテロリストが後を断たない以上、日本人の私には少々やりすぎかもという気がしても、ヴァシー博士がチッティを敢えて「場合によっては人を殺す」ように開発し、インド軍に売り込もうとしたのは、それなりに道理が合っている。
(戦争というよりテロリスト対策で、ということで。)

たぶん、タミル語の台詞ではそれをふまえて語られていたと思うのだけど、
日本で公開されるにあたり、日本語字幕では字数制限のためか、
そのニュアンスがばさっと抜け落ちてたのは少々残念だね。
「ロボット3原則(ロボットは人間に危害を加えてはならない、など。)」を平気で無視するんだから、むちゃくちゃな映画だ、…みたいに誤解した観客も多いんじゃないかな。

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アクション娯楽大作の【Thuppaki】は、悪は滅びる!という筋のことを徹底的にエンターテイメントとして作っていて、特段「インドにはびこるテロ問題」に光を当ててはいない。

説教くさくないし、アクションがとにかく面白くて、もう単純に楽しめる映画になっていた。

ヴィジャイの最高傑作だとは、ちっとも思わないけれど、逆に誰にでも一見の価値あり、とおススメしたいです(笑)。

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シャンカル監督は、社会の不正やテロを告発する映画を、ほんっとによく撮るよね。
【Thuppaki】を観ていて、【Enthiran the Robot】がテロに対する監督の怒りをオブラートにくるみつつド派手なエンターテイメントに仕上げたものなんだ、と改めて実感するとともに、やっぱりシャンカル監督、すげえっ!だから大好きだよ☆とますます思ったりするのでした(笑)

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【Thuppaki】のA.R.ムルガダース監督のtwitterによると、この映画の公開3日目(?)にラジニカーントが監督に「もう2回も観たよ。よかったよ!」と電話をかけてきてくれたとのこと。

ラジニが【Thuppaki】のどの辺に特に感銘を受けたのか、知りたいもんです。

そして、娯楽映画を見て、単純に楽しむのも当然OKだけれど、
時々はその背景を掘り下げて考えてみたりすることは重要なんじゃないかと思います。

それからね、改めて、改めて、日本国憲法第9条の改正は、反対

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最後に、【Thuppaki】を日本のスクリーンで上映してくださった、テルグ人のみなさまに大感謝です。
ありがとう、ヴィジャイを日本のスクリーンで初めて観ることができて、本当に幸せでした☆

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