映画『マリア 怒りの娘』

Movies / 映画の話

昨年日本公開された、ニカラグアの映画を見ました。

ニカラグアって、中南米の国、とまでは知っていますが、この映画を見た後で世界地図を見たら、メキシコの下、コスタリカよりは上のいわゆる「中米」でした。

全然知らない国だし、それだけでは観る機会はきっとなかったですが。

私が個人で『響け!情熱のムリダンガム』を配給しちゃったように、このニカラグアの映画を配給しちゃったのが女性の個人・しかも年代の近い「お母さん」と知ったら、
それだけでもう見て観たくなりますね。
子育てをしながらも、どうしてもこの映画を送り出さなきゃ、他の人がやらないなら私がやらなきゃ、と突き動かされた映画ならば。

性暴力だったり、パワハラだったり、映画館や映画業界での問題が次々に明るみに出る昨今。
とかくミニシアターってその渦の中にいがちで、ムリダンガムの配給で関わらせていただいたりしたなかで、
ここまでしてミニシアターって存在意義ってある?そこまでして上映してもらわないといけない映画?
って疑問に思うことがあったりすることもあって、もやもやしていたりする。

そういうの、SNSに書くと、批判的なことを書きたい人がゾロゾロ集まってきそうでイヤだなと思うから書かないけど。

とにかく、
もやもやしていたりしたのだけど、

この映画を見て、こういう映画を丁寧に届けられる可能性があるのが、ミニシアターだよな!

そうはっきりと久々に思える洋画でした。
テレビやネットだと、タイパだのいって端折られてしまうかもしれない、知らない国のことをじっくりと90分観ることができてよかった。

中南米というだけで、貧困をついイメージしてしまうのだけど、
程度の差こそあれ、これは今の日本でもありうる話で。

日本の政治もよくわからないところ、他国の政治状況はもっと分からないけれど、
タフでないといけない世界であることはとても伝わった。

湖近くの巨大なゴミ捨て場のゴミを拾ってリサイクルで生きている人たちの中の、母子家庭の二人が主人公。
あばらやに住んでいて、いつ何時性暴力だのなんだのにさらされてもおかしくない、不穏すぎる設定。

でも悲惨なのか、というと、悲惨ななかにも生き抜く決意をした主人公のマリアの瞳(特にクライマックス)がよかったです。

マリアって、可愛げがないんですよ。お母さん以外にはなかなか心を開かないし笑わない。
どうやら文盲。
でも、昔インドのダリット舞踊団の来日のお手伝いをしたときに聞いた話を思い出す。
文盲な人たち=教育を受けていない人たちは、他人の話を座って聞くことが難しいと。何かを教えてあげたくても、まず授業を受ける姿勢だとかからはじめないとダメだとか。
それからコミュニティの外に出るとすぐレイプされる危険性などがあるから、コミュニティ以外の人になかなか心を開かない、とか。
だからマリアの心境も結構理解できる。

お母さんに置いてきぼりにされて、その世界を飛び出していくことを決意するマリアの前途はきっと多難だけれど、
女性が作った映画だからなのかな、悲惨だけでは終わらない何かがあるというか。
後味は決して悪くはない映画でした。

ニカラグアには、まだ長編映画が10本も作られていないらしいです。
そんな中、女性監督がこんな映画を作っちゃって、しかも国から目をつけられちゃってニカラグアに帰れないしニカラグアで上映もできていないという。
志だけでもうROCKすぎる映画。

それに共鳴して買い付けてしまった配給会社(ひとり配給)さんもかっけー。

見られてよかったです。
スクリーンで見る機会がこれからでもあったらぜひまた見たい。

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