Churuli (チュルリ)

今年日本公開された【ジャッリカットゥ 牛の怒り】で日本でもちょっとしたムーブメントを起こしつつある、リジョー・ジョーズ・ペッリシェーリ監督。
その彼の新作が、東京国際映画祭でプレミア上映ですって。

どうも東京国際映画祭では、インド映画が割と上映されてるとは言っても、社会派だとか重いテーマの(もちろん歌って踊るマサラムービーではない)がくることが多い。
時間の都合つけばチケットは買うけど、本当は見に行くのに腰が引けたりしていることが多い。
(結局、観に行って良かった!と思うことの方が多いけど、1回でいいやと思ってしまうことも多い。)

でもジャッリカットゥの監督作なら、その不安を派手にぶっ飛ばしてくれそうな気がするので、割とワクワクして家を出発。

今年から「ガラ・セレクション」という枠ができたそうで、でも去年までなら既に配給が決まっている作品が先行上映される枠だったところに相当するそうで、このチュルリがガラ・セレクションからの上映。
と言うことは、もう買っている会社がいる、ということか!?
すごい!

ケーララ警察の覆面警官が二人、ケーララの奥深い山の中に潜入捜査に行き、会う人会う人怪しい人だらけ、摩訶不思議な現象に出会うお話。
1回見ると、ボーゼン、ポカーン、という感じ。

もう一回見て、あそこ確かめたいなあとか思うところが多いから、何回見ても面白いと思う、多分。

ジャッリカットゥは現在のところ2回見て、2回ともどこかしらで寝てしまったんだけど、今日は起きてたぞー!
(斜め後ろのおじさん、途中から大イビキかいてたゾ。。。)
(同じ列の人が上映中、何回もスマホ出して光ってて、目障りだったゾ。。。 
カスのような奴だ。ぶっ殺したいぞ!と、映画のように、スクリーンの眼光鋭いオヤジたちに気分が同化してきて、凶暴化している私;)

不条理で意味が分からない映画だったけど、人間のエネルギーや、インドの不気味なまでの自然の前で人間があれこれ諍い起こそうが大したことないような感じ、とにかくカタルシスがあるわけでもないのに全編にパワーを感じる、映画体験をしたなあという充足感がしっかりある映画だった。

夜の「豚狩り」のくだりが、かなりツボ。
豚ですよ、豚。

この森の人たちも豚を食べるんだなあ、しかも屠りたてで食べられると楽しみにしていて。
豚を食う人々が出てくるインド映画は、私は他にマラーティーの【ファンドリー】しか見たことがない。
【ファンドリー】では、日々の食糧にもことかいていて極貧に喘ぐトライブの家族が、ブラーミンの家の周りに出現した野ブタを退治依頼されて必死に捕まえ、肉をもらって食べていた。

チュルリに出てくる人々はクリスチャンが多そう(映画内で、75人だか、村中の者が集まって行われた女の子の儀式もキリスト教式だし)とはいえ、積極的に豚を食べていると言うこと。
日本で有名な豚インド料理といえば、ゴア発祥の「ポーク・ビンダルー」だけれど、ゴアじゃなくても豚を積極的にインド料理にして食べてる地域はある、という発見〜。

(中華というかインディアン・チャイニーズでなら、チェンナイで2000年頃でも何回も豚肉料理に遭遇したけれど、
南インド料理メニューで見かけた記憶はないんだよね。)

インド料理のことを語る時に、「インドは牛を食べない」「インドは豚を食べない」と語られたりするのに。
リジョー監督は【ジャッリカットゥ】では牛について、【チュルリ】では豚について、さりげなく否定してみせた。
単なる偶然か、それとも監督が何か意図しているものなんだろうか。気になるねえ。

意外にあっという間の115分。

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映画館を出たら、大森・ケララの風モーニングの店主・沼尻さんとバッタリ。 片●はいりさんもいたよ。

沼尻さんは、インドには「カレー」というものは存在していない(インド料理と呼ぶべきだ)という説を唱えている。


↑ 2021年9月発売のTRANSIT 53号 でも、沼尻さんがその説について2ページに渡ってアツく語っている

今日の映画では英語字幕でさえ、「curry」となっていたけれど、外国人向けに説明を省いて「curry」にしていて、聞き取れなかったけど現地語では料理名を言っていたんだろうな、おそらく。
先月ケララの風に行った時も、【グレート・インディアン・キッチン】の「カレー」と日本語字幕が出ている部分が、原語では「kari」とおそらく言っていて、「おかず」を指してるんだろうという話だった。

また今度ケララの風に行ったら、このcurryの件と、ケーララの豚料理について話をしてみたいな!

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