Sarvam Thaala Mayam (世界はリズムで満ちている)

Indian Movies / インド映画の話

初見の感想(2018.10.28 東京国際映画祭)

観る前はどっちかというと、制作陣に強力なネームバリューがないか何かで映画の呼び水に、主人公の設定をヴィジャイファンとしているのかな、と斜に構えてた。

インド映画って、過去の話題作の引用がちょこちょこ登場して、それににんまりして楽しんだり、
登場人物の設定が誰かの熱狂的ファンだったりして、ちょっとしたエピソードに「ファンあるある」を見つけてほほえましく思ったりする。
だけど、あまりにオマージュとかが多いと私の場合は食傷気味になって、「ああ、あの映画が好きなんだね、わかったわかった、はいはい」となっちゃったりするのだ。(日本劇場公開された、【バ●フィ!】とか…私には合わんかった)
引用やオマージュのおかげで、元の作品や俳優のファンにも観てもらえる可能性は増えるんでしょうけど。

だから、ヴィジャイファンの映画、と言われても、と思ったし、でもその一方で主演のG.V.プラカーシュクマールは【テリ~スパーク~】の音楽監督だし、【Mersal】でも歌っていたしなあ、彼が自分が以前手掛けた映画に熱狂する役というのはどんなもんかな、という興味の方が強かったかな。
音楽がA.R.ラフマーンで、監督が【Kandukondain Kandukondain】の人、といえばそれもある程度は興味ある。

これを書いている今だからこそ言えるけど、東京国際映画祭に、ラジニカーント以外のタミル映画が上映されたのってあまりない中、近年マーダヴァンの【ファイナル・ラウンド】、マーダヴァン&ヴィジャイ・セードゥパティの【ヴィクラムとヴェーダ】と来てたから、もういいかげん、「ヴィジャイ」の映画も上映してくれないかなと思ってたのに、次に来たのは「ヴィジャイファン」が主人公の映画であって、ヴィジャイ映画ではない、というのに実は結構がっかりしていた。TIFFでヴィジャイが登場するのをずーっとずーっと待ったのにさ…

でも、東京国際映画祭2018年10月28日(ワールド・プレミア=世界初上映)、TOHOシネマズ六本木の一番大きなスクリーン、スクリーン7で目の当たりにしたときの衝撃。商業映画界のスター・ヴィジャイへの敬愛と、インド古典音楽楽器・ムリダンガムへの敬愛や情熱は両立する!
ムリダンガムでのバトルの音(映画館でその重低音が響きまくった迫力といったら!)、師匠が戸惑いながら今までの考えを改めていく様、主人公のヴィジャイや師匠へ向けるキラキラとした瞳、タイトルソングの映像で紹介されるインド各地の独特な太鼓やダンス(ザキール・フセインが、昔、インド各地のパーカッショニストを引き連れて来日公演したのを思い出した。ムリダンガムだけじゃなく、すべての音楽に敬意を表している感じが、とても温かくて。)…
もうやられちゃいました。ヴィジャイが呼び水だろうと何だろうと構わんわ!おっけー!
観に来てよかったわー。

主人公はカーストの壁を乗り越えていく(※ただし、ラージーヴ・メーナン監督は、劇中で一切「カースト」(ジャーティ)のことは言葉では表現していない。 言葉を使わずとも、全てシチュエーションで表現していることは、同じ2018年に公開されたラジニカーントの【Kaala】と相通じるものがある(このセンスは脱帽もの!)。 しかしそのハードルを飛び越える原動力は、ヴィジャイへの愛が根底なんだということに痺れた。
また、誰かのファンであること、
ハマりすぎて他のことに手がつかないこともあったりする時期があってもいい、
と映画に肯定してもらえたような気がして、この爽快感は近年観た映画の中でも、トップ中のトップだった。

好きな対象(今どきでは、いわゆる「推し」)に純粋な敬意や愛情をもって全力投球すれば、(傍からは趣味に生きているだけの体たらくに見える時期があったとしても)その純真無垢さが何かに昇華することもあるんだということ。
ヴィジャイファンだったからこそ、ヴェンブ・アイヤルのムリダンガムにも、これはイイ!と思えば先入観など乗り越えてスイッチし、没頭できたのだと。
初めてヴェンブ・アイヤルの演奏を目の当たりにしたときの、アイドルを崇拝するような主人公のキラキラした瞳と高揚した表情。
その「キラキラ」こそが映画の肝。

ティーチインでも監督や奥さま(プロデューサー)が強調していたけれども、「主人公はヴィジャイファンで、映画の封切の度に太鼓を叩くことに馴染んでいたから、パーカッションの素養があった。主人公が今までレッスンを受けていなかったのに才能があることが分かる説得力を持たせるためにヴィジャイファンにしたというのもあります」。

そして境界を乗り越える過程が、辛いシーンもあるけれど清々しい。
いじめ先輩役だった、ヴィニート(【チャンドラムキ 踊る!アメリカ帰りのゴーストバスター】で華麗な踊りを披露した彼!)のいじわるしながらも葛藤している表情もよかった。
(彼は映画界と古典舞踊界をボーダーレスに活躍してきたけど、男性が踊ることについては差別や偏見があって、とても苦労してきた経験をもつ方。この映画を観た後、ヴィニートを検索しまくり、本作と前後して、自身で古典舞踊学校を立ち上げた記事も見かけた)

古典の芸道ものとして、もう普通に傑作なんだけれども、その上に古典と対極のような商業映画界の「ヴィジャイファン」だからこその危機を乗り越えるエピソードだったりが、今の時代・これからの時代にも残っていく古典のひとつの発展していく形なんだなと。
いちいち、誰かのファンだった経験がある人ならば共感できたり、あるあると観ている自分をも肯定してもらえているような気分になったり。

【Mersal】のヴィジャイがタヴィルを叩いているスチールのポスターを、ムリダンガムの師匠のポスターの下に貼り続けていたところも、細かいところだけれど、ヴィジャイファンとして、非常に嬉しかった。
他にもテリやメルサルの小ネタがいろいろあって、これ、誰が考えたんだよ(笑)と思っていた。
ティーチイン終了後に行列して監督夫妻と立ち話できた際に、これらのネタはどなたのアイディアですか?と監督に尋ねると、「私だよ」と監督本人が嬉しそうに答えてくれた。(やっぱり監督も、ヴィジャイが好きなのね♪)

※監督が、「楽しんでくれて嬉しいよ。ヴィジャイファンが楽しんでくれたと、彼に伝えておくよ。ヴィジャイとはたくさん仕事したことがあるんだ」と。
この後で、放送当時とっても話題だったCM(ヴィジャイとカトリーナ・カイフが共演したコークCM)とか、監督が作ってたことを知った。

他にもヴィジャイ抜きでもグッときたシーンがてんこもり。
例えば、主人公が、近くの人が野菜を刻む音を、「アーディ・ターラム」(8拍子)だとつぶやくシーン。
くらもちふさこの名作まんが【いつもポケットにショパン】での麻子の母の名台詞、「麻子はシチューが得意です」(未読の方は、「いつもポケットにショパン シチュー」で検索!)がフラッシュバックし、鳥肌たちました。

とにかく素晴らしかった。いろんな方面から解説してもらって、またこの映画を観てみたいと思いました。
そして、この日のように、日本の映画館で、DCPでみんなで音を浴びて再び鑑賞したいと思いました。

輸入盤DVD発売

2018年秋の東京上映後、インドでの公開は年末の予定がずれこんで2019年となり、日本での一般公開にならないかなと待てども待てどもニュースがなく。
そんな中、2020年3月、Ultra Records(EU製)から本作のDVD発売。
日本語補助字幕を、なんどりで協力。(小尾淳さんと共同で作成。)

なんどりのSarvam Thaala Mayam販売ページ

これを機に、インド古典音楽の識者さんやカーストのことに詳しい方、インドの現代音楽を含めてインド音楽シーンに詳しい方、多方面から解説してもらいたい!盛り上がりたい!と夢をもって、つたない字幕ながら頑張りましたよ~。

ラージーヴ・メーナン監督とSTMとA.R.ラフマーン

ラージーヴ・メーナン監督、STMを含めてたった3本しか監督作がないので、私のようなファンでも前2作のDVDを何となく、発売当時話題作だったので普通に所持していました。
でも、おめあてのラグヴァランの出演シーン以外はぼんやり見ていた(内容にあんまり記憶がない):Kandukondain Kandukondain、ジャケ写がイマイチで食指が動かず積んだまま10数年だった:Minsara Kanavu…

STMの輸入盤DVDの日本語字幕作業が終わった後、やっとこの2作を真剣に観てみる気になって、観てみた!
やヴぁい、素晴らしすぎる。「音楽」が映画の核をなしていて、登場人物たちがどの作品も瑞々しい。
こりゃあ、監督のファンが多いよ。Kandukondain Kandukondainから次の作品STMまで、18年も開いてたら、そりゃ待ち焦がれるよ。
何でもっと早く、ちゃんと観なかったんだろ。

(でもSTMを観たからこそ真剣に観たのだから、私にとってのタイミングはこれで正解なんだと思う。)

STMの、短いあらすじを聞けば、「インドの、ああ、ありがちな話」と思われかねない面がある一方で、こんなにも清々しくて瑞々しくて愛おしい主人公とヒロイン、取り巻く人たち。

CMという、もっとも商業的で世俗的な分野のディレクションで成功している監督が、こんな映画を撮るとは!と初見の時は思ったけれども、前2作を見たら、ああ、なるほど…と点と線が繋がったような気が。

それから、Wikipediaやらいろいろ読むうちに、お母さまが、マラヤーラム映画&タミル映画界で活躍していた古典音楽に縁の深いプレイバックシンガーであることを発見! しかも、私も彼女の名前を知らずに彼女の声に耳なじんでいたのである。なんと、私がインド映画を観るきっかけになった、【ムトゥ 踊るマハラジャ】(1995)の中の曲で。

↑ 3:38あたりのところからの、幻想的な広がりのある声を披露しているのが、お母さまの、カリヤニ・メーナン。ムトゥの作曲者もA.R.ラフマーンだから、ラフマーンはメーナン親子共々とお仕事をしてきた訳だ。
ラージーヴのお父様は、早くに亡くなって、お母さまが40代前半にシングルマザーになったものの歌い続けながらラージーヴを育てたとのこと。
STMで女性の社会進出についても温かい目線があるのは、そんな背景もあるんだろうか。

ラフマーンは、【ロージャー】(1992)映画音楽にデビューする前は、CMの曲の仕事をたくさんこなしていて、その時によくタッグを組んでいたのがラージーヴ・メーナン。
で、1997年のAVMプロダクション50周年記念作品制作時に、ラフマーンが監督にラージーヴ・メーナンを推薦して出来たのが、【Minsara Kanavu】。

この二人、実に長年一緒に仕事してるんだな。

2017年の、ラージーヴ・メーナンが監督した7upのCMには、ラフマーンが出てる。STMに相通ずる、清々しい風が吹いている感じ。

参考記事

Book of rare collections of Carnatic musicians to be released

Turning his lens on musicians

Director Rajiv Menon turns composer for ‘Sarvam Thaala Mayam’

Moments Of The Struggle That Ajith’s Character Manohar Experiences Are What I’d Faced As A Youngster: Rajiv Menon On 20 Years Of Kandukondain Kandukondain

他の日本の方のSTM記事

東京国際映画祭上映時に観た、elzaさんの紹介記事

小尾淳さんの紹介記事

軽刈田 凡平さんの紹介記事

井生明さんの紹介記事

髙山龍智さんの紹介記事

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今後もどなたかがブログを書いて下さるのをわくわくして待っています☆

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